振興再生調整費ロゴ文部科学省の「平成19年度科学技術振興調整費」で推進する「アジア科学技術協力の戦略的推進事業」に選定されました。

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内藤眞先生について

内藤眞先生は、本学大学院医歯学総合研究科で分子細胞病理学分野を、本学付属病院においては病理診断を担当しています。病理の標本の採取と診断、論文執筆の多忙なスケジュールの中でミャンマーへの医療支援活動を六年間続けてきました。 

内藤先生写真

医療器具や薬品をミャンマーへ届けたい。しかし、まだまだ郵送が困難で、手作業での持ち込みを余儀なくされています。先生の研究室には、次回のミャンマー訪問の為に蓄えた顕微鏡と沢山のスーツケースが並んでいました。先生は、自分を支える想いは、結核など薬で救える人々が、貧困故に死んでゆくことへの悔しさだと言います。タイ、ベトナム、マレーシア、インドネシアなどの東南アジア諸国からも取り残されたミャンマーで、日本がするべき仕事、出来る仕事は沢山あるのです。

本件は「新潟大学の国際交流」にも登録されています。

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はじめに

平成18年2月1日:この度新潟大学は、本学大学院医歯学総合研究科、内藤眞教授をリーダーとする「ミャンマーのインフルエンザ研究拠点形成プロジェクト」を次年度重点支援プロジェクトとして選定しました。

プロジェクトの内容:インフルエンザの発生状況をヤンゴン小児病院およびマンダレー小児病院でインフルエンザ・キットを用いて日常診療の中で調査し、陽性例については検体を採取してミャンマー国立健康研究所で解析を行います。その為の現地基盤整備、若手研究者の育成を新潟大学が担当し、新潟県保健環境科学研究所も技術協力を行います。

新潟大学はこれまで、内藤眞教授の交流を学長裁量費の枠内のみで支援してきましたが、これからは、国際戦略本部の支援プロジェクトとして全学的な支援体制を整えることになります。

プロジェクトの背景

プロジェクトは、内藤眞先生のミャンマーへの想いに発しました。1999年に帰国したミャンマーからの新潟大学第二内科への留学生ヤデナー・キャウ医師と再会し、結核やHIVに苦しむ患者たちに自分の給与をも使って献身する彼女に打たれ、ビルマ戦線戦没者遺族会の世話人だった畠山氏を通して京都の仏教クラブからの100万円の寄付を取り持ったことに始まりました(2000年)。

それ以来、薬剤や体温計、中古の顕微鏡などの医療機器をミャンマーに届ける一方、世界を脅かし始めたSARSや鳥インフルエンザ関連の海外研究の科研費を申請し、ミャンマー医療への支援を綱渡りのように継続してきました。そしてその活動も今では、6年になり、2004年には、その功績がミャンマー保健省に認知され感謝状を授与され、翌年2005年9月には保健省大臣と新潟大学の間で「政府承認協定(MOU)」を結ぶに至り、同行した鈴木宏教授(本学医歯学公衆衛生講座)の経験と見識を高く評価し「政策ブレーンに登用したい」とアナウンスするほどでした。(写真、右は大臣、左は奥より内藤先生、手前が鈴木先生)

ミャンマーの医療事情は厳しい。軍政府による民主化抑圧政策は、欧米先進諸国の反発と経済制裁を引き起こしました。日本は、1980年代前半までは、戦後賠償の一環として特筆すべき医療支援を行ってきましたが、それもまた殆ど途絶えてしまいました。ミャンマーの時間は20年前で止まってしまったのです。結核、マラリアが蔓延し、HIVが大問題となっており、また旧弊な医療設備のもとでミャンマー国民は、また貧困にあえぐ多くの人々が満足な医療を受けられない状況なのです。

ミャンマーのインフルエンザとその流行の不思議

世界各地で鳥インフルエンザが発生し、新型インフルエンザとしてヒトに感染するかどうか、世界的問題となっています。2007年1月には宮崎で発生しています。ミャンマーでは2006年3月にマンダレー近郊で発生しました。しかし、ミャンマーにはインフルエンザの調査システムがありません。

私たちは科学研究費補助金:平成15年―17年度「ミャンマーにおける呼吸器感染症の病理学的研究」に基づいて、元留学生の協力を得てヤンゴン市内で3年間インフルエンザの調査を行ってきました。ミャンマーには雨期(6月−9月)、乾期(10月−2月)と暑期(3月-5月)があり、雨期にインフルエンザの流行が見られました。2004年はインフルエンザA型(H3N2)が、2005年はA型(H1N1)とB型(B/Shanghai, B/Shangtou) が同時流行しました(表)。更にアマンタジンを使用していないにも関わらず耐性株が見いだされ、今後の治療やウイルス動態の研究上注目すべき結果と思われました。これらはミャンマー初の研究成果であり、WHOにも報告しました。

表. ヤンゴンにおけるインフルエンザの発生状況(2004-2005)

(Hasegawa et al. Trop Med Health 2006、Hasegawa et al. J Clin Virol 2006より改変。左段の数字は迅速診断キット陽性人数。右段の数字はウイルスの分離された人数。年度は、2004年から2005年にかけて。)

では、ミャンマーではなぜ雨期にインフルエンザが流行するのでしょうか? 気候と密接な関係があることは確かです。日本では寒くて乾燥している冬に流行するのがインフルエンザの常識となっています。ウイルスは乾燥や寒さに強いという説がそれを裏付けているように見えますが、外国では流行パターンは様々です。恐らく、人間の社会行動にも密接に関係しているものと思われます。今後ミャンマーなどインフルエンザ調査の真空地帯の調査が進み、また、GIS(地図情報システム)の導入によって時系列的・空間的伝播状況が把握されれば、感染ルートや流行の仕組みがより詳しくわかってくることでしょう。(2007年1月15日)